伝統と自然が息づく姫島
国東半島の伊美港からフェリーでわずか20分。周防灘を滑るように進むと、青い海にぽっかり浮かぶ姫島が近づく。周囲約17キロ、人口約1600人の小さな島には火山がつくり出した自然と、古くからの伝承が今に息づく。

案内役を務めてくれたのは姫島エコツーリズムのガイド、伊井誉思香さん。同施設には島の散策にちょうどいい電動キックスクーターや電気自動車のレンタルもある。まずは島の東端にある姫島灯台へ。白く美しいの灯台は1904(明治37)年に点灯されたもので、120年たった現在も海上交通の要衝の安全を見守り続けている。展望台に立てば、海の向こうに四国や中国地方の山並みを臨み、潮風が一気に視界を開いてくれる。

島の中心には標高266メートルの矢筈(やはず)岳がこんもりと横たわる。島はおよそ10万年前以降、7つの火山の活動によって生まれた4つの小島が砂州でつながってできたという。その証しを探しに観音崎へ足を伸ばすと、突然視界が開け、黒曜石の断崖が海へと切り立つ。縄文時代、この黒曜石は矢尻の材料などとして西日本を中心に広く流通した。「姫島の黒曜石は乳白色なので、どこで見つかってもすぐに見分けられるんです」と伊井さんが教えてくれた。かつての火口だった入り江ではエイが泳ぐ姿に出合えることもある。悠久の時間と生命の営みが重なり合う場所ともいえる。

ここは神話と伝説の島でもある。古事記の「国生み神話」にも登場し、今も「七不思議」として語り継がれる不思議な言い伝えが点在する。観音崎には、千人の善人をかくまい、「千人堂」と呼ばれる小さなほこらがある。灯台の近くには、お姫様が手をたたくと水が湧き出たという言い伝えが残る「拍子水」があり、今も炭酸泉がこんこんと湧き続ける。隣接する施設ではその湯に浸かることもでき、疲れを癒してくれる。


旅の醍醐味として食も欠かせない。島内には特産の姫島車エビを養殖する池が点在する。塩焼きや「躍り食い」で味わえば、甘みと濃厚さが口いっぱいに広がる。エビフライや丼物も人気で、旅人の胃袋を幸せで満たしてくれる。


姫島を語るうえで欠かせないのが毎年お盆時期にある「姫島の盆踊」だ。鎌倉時代から続くとされ、国の選択無形民俗文化財に指定される。その中でも、白塗りの顔にひげを描いた子どもたちが太鼓に合わせて踊る「キツネ踊り」はかわいらしく、幻想的でもある。祭り期間以外に訪れた観光客も祭り気分を楽しめるよう、伊井さんが考えたのがキツネやタヌキの面を作るクラフト体験だ。白い面にアクリル絵の具で自由に色をのせれば、世界に一つだけの作品が完成する。面は村と盆踊り保存会の公認で、旅の記憶をそのまま持ち帰れるのも嬉しい。


小さな島に凝縮された大地の記憶、伝説、食、そして人の温もり。姫島は、自然と文化の中に飛び込み、冒険する喜びを与えてくれる場所だった。
【メモ】伊美港まで大分空港から車で約50分。姫島までのフェリーは毎日12便(冬季除く)運航している。レンタカーやガイドの予約は事前に姫島エコツーリズム(TEL:0978-87-2022)まで。