修行道を体験 ~父と子で行くアウトドア旅~
「子どもの成長を自然の中で感じたいな」「日本の歴史や文化への興味をもつ原体験をつくりたい」「五感をつかって想像力を働かせたい」。国東半島峯道ロングトレイルは、そんなあなたにぴったりの場所です。
トレイルのベースは、山岳信仰の修験者たちが「み仏の里」国東半島の峰々を渡り修行した「峯入り」の古道。コースは「国東コース」と「豊後高田コース」の2つに分かれ、初級者から上級者まで楽しめる全10区画約135kmで構成されています。今回は、子どもと一緒に2時間程度で気軽に歩けて見どころの多い「K1ルート」の一部を選択。国東の豊かな原風景と歴史に触れられる、普段の休日とはひと味違う旅を、地元の父子が体験します。
「息子に、自然のエネルギーを存分に感じ、五感をつかった体験で興味の幅を広げてほしい」。そんな思いでお父さんが企画。親子で里山のミニトレイルに挑戦します!
お父さんは朝早起きして特製のお弁当を作っています。
「普段は妻が作ってくれて、まかせっきり」とおぼつかない手つきですが、栄養や彩りなどしっかり計算されています。
スープや現地用の調理器具の準備をしながら昼食の準備をぬかりなく終えたら、スタート地点にいざ出発。
今回のスタート地点は、K1コースの中間を少し過ぎた旧千燈寺山門の「西行戻し」です。ここからコースの最高点、不動山の頂上付近まで歩きます。
「早く行こぉー!」
逸る気持ちを抑えて、まずは山に入る前に一礼。厳かな山岳信仰の雰囲気が伝わる山門で、一日の安全を祈ります。
「山の神様にご挨拶しなきゃね」。ここから神聖な場所に足を踏み入れていきます。
ここ「西行戻し」は平安時代、全国行脚の旅に出ていた西行が、千燈寺の住職の器量を見ようと山に登ってきたときに、その場で偶然出会った小僧を試してみたところ、和歌でしっかりとした返答をしたので、和尚に会わず引き返したという伝説があります。
小僧でさえ、それほどの実力を持つ千燈寺に恐れをなしたのか、己の実力が足りないと思ったのかは定かではありませんが、厳しい世界だと感じ取ったのでしょう。
「あの石はなに?何か掘られてる!」
石畳の道を上っていくと二人を出迎えてくれたのは旧千燈寺跡の石造仁王像です。
「この仁王様は400年前に造られたんだよ」
石板に掘られた仁王像は力強く豪快で、それでいて優しい表情をもっています。
日本全国にある石造仁王像のうち7割が国東半島内にあるのだとか。ひんやりとした仁王様を手で撫でながら、歴史に想いを巡らせます。
「この場所は元々なんだったと思う?」
「仁王様がいるってことは、何かお寺があったの?」
「正解!よくわかったね。昔ここにあった建物を想像してみようか」
ここ旧千燈寺は奈良時代、六郷満山で最初に建てられた寺院とされています。16世紀後半、戦国時代に大友宗麟の焼き討ちにあって衰退してしまいましたが、最盛期には六郷満山最大級の寺院として栄え、「西の高野山」と称されていました。
立派な境内や本堂、たくさんの僧たちが修行に励んでいる姿に想いを巡らせ、お子さんの想像力が働きます。
「昔はこの場所が賑やかだったんだね」
今も入口に鎮座する仁王像は、まるで歴史の証人のよう。
これからも末永くこの地を見守り続けてくれるでしょう。
仁王像から力をもらったのか、次の目的地「奥の院」までの石段を元気に上がっていきます。苔がむす階段や角がまるくなった石畳を歩いていると、時間の流れを感じられます。
旧千燈寺跡の「奥の院」は岩壁に嵌め込まれるように建てられています。山岳信仰が盛んだった時代には多くの修験者たちが籠り、修行に励みました。左手には六郷満山を開いたとされる伝説的な僧・仁聞が入寂したといわれる「枕の岩屋」があります。周辺の岩壁にはたくさんの磨崖仏が彫られているようですが、風化でだんだんと見えにくくなっています。お子さんも見えにくくなった像をじーっと見つめて、形を指でなぞっていました。
峯道ロングトレイルは、一歩森に分け入ったあとも見どころが続き、休みながら進んでいくことができます。お子さんといっしょに眺めを楽しんだり、植物などに目を向けながら、ゆっくり進んでいきましょう。
「なにこれ〜」と急に足を止め、興味津々。
これは鹿が樹皮を剥いだ跡です。食べたり、角を研いだりするために木の皮が剥がされてしまいます。こんな体験ができるのもロングトレイルならではです。
「すごい、石碑が大量にあるよ!」と駆けて行った先にあるのは、1000基に及ぶ供養塔が並ぶ『五輪塔群』です。鬼が一夜にして五輪塔を運んだという一帯は、まるで異界のような雰囲気が漂います。「昔の人は、祈りを込めたりご先祖様の供養のためにこの塔をつくったんだよ」
お父さんの解説に、お子さんは驚きと同時に、畏怖や敬意を感じている表情。日常生活で中々味わえない『400年前の世界』へと、ぐるぐると空想が広がります。
身体を動かす喜びはもちろん、昔の人々の営みを想像して、想像力が掻き立てられます。
お昼スポットの「不動茶屋」に到着。
「お父さん、おなかすいた!!」
ここまで2時間、よく頑張りました。
お父さん特製のホットサンドを早速、食べましょう!
お子さんが「これ、おいしい!」とハムサンドをほおばります。
「よかったぁ〜」と味が心配だったお父さんも、ひと安心した様子。
子どもの笑顔を見て、ちょっとひといき、和やかな雰囲気が流れます。
普段は食べないお父さんのお弁当は、特別な思い出のひとつになりそうです。
ごはんを食べていると、突然地元の方が「なんしちょるね!」と声をかけてきました。
偶然にも親戚の方でした。人と人が近い国東ならではの光景に出会えました。
最後の目的地は「不動茶屋」から不動山の山頂に向かって10分ほど。
姫島や瀬戸内の島々を一望できる「五辻不動」とイギリスの彫刻家アントリー・ゴームリー作「ゴームリー像」を訪れます。
ゴームリー像が設置されているのは修験場になっていた切り立つ岩の上。
山岳信仰が根付いた絶景と不動山のシンボリックな芸術作品は、苦労をしなければ簡単には出会うことができない場所です。約1300年前から、多くの僧が身を置き、修行を重ねた情景が目に浮かびます。
地元の方から子どもへミカンのプレゼントをもらい、スタート地点の「西行戻し」まで戻ります。
帰宅途中、頑張って歩いたご褒美に向田海水浴場にある「海辺と珈琲 ことり」へ。海の家をリノベーションした店内はおしゃれな小道具や雑貨、本などが並ぶノスタルジックな雰囲気。自家焙煎のコーヒーや地産の濃厚なミカンジュース、やさしい甘さにホッとするカヌレやクッキー。こだわりのメニューが「ひとやすみ」を楽しませてくれます。
「今日どうだった?」
「階段が疲れたけど楽しかった!今度は船に乗って釣りもしてみたい!」
と海辺のテーブルで次の旅を計画しながら、興奮気味な様子。
「今日の旅は冒険?遠足?」と、どんな気持ちで歩いていたかも聞いてみると「サバイバル!!」と元気に答えました。
子どもにとっては遠足やキャンプとはまた違う感じ方ができる親子旅になったみたいです。ほどよい疲れと達成感に満ちていて、今日は本当に楽しい一日だったことが伺えます。
カフェでも海まで行ったり、写真を撮りあったりと、最後の最後まで旅を楽しみました。
「国東峯道ロングトレイル」は、日々のストレスや喧噪から少し離れて、国東のすばらしい自然と歴史を堪能できる魅力のつまった場所です。歴史に触れることで遠足やキャンプなどとは、ひと味違う体験ができました。歩みを進めるごとに心が休まったのは、国東の秘められたパワーが体に注ぎ込まれたからかもしれません。目まぐるしく変わる今と、変わらずそこにある自然のつながりを感じながら特別な思い出を作ってみてください。
MESSAGE:
今回歩いたのはK-1コースの一部ですが、短い距離の中に様々な時代が重なり、国東の見所がギュッと詰まったおすすめのルートです。近くには温泉もあり、親子で汗を流して帰るのもいいですね!良いなと思ったら、ぜひ行ってみて下さい! (K-1コースガイド:谷知英)