トップ > 記事
:2023/02/01 :2023/10/01

世界中の8000メートル級の山岳に登頂してきた登山家・戸高雅史氏と、佐伯の自然の魅力と体験を提供する工藤克史氏。自然との共生について考え続けてきたお二人が、出身地の佐伯の魅力と自然との向き合い方について語ります。

――まずは、お二人の自己紹介をお願いします。

工藤:佐伯を拠点に、自然を中心にアウトドア事業を行っています。今は子どもたちに向けて、佐伯の自然の魅力を体験してもらう「テントテントツアーズ」という企画運営事務所を開いています。佐伯の山や海のなかで育ち、小さいころから親と城山に登ったり、キャンプをしたりしていました。

戸高:私は、佐伯の宇目で生まれ育ちました。現在は、野外教育や佐伯のキャンプ場の「うめキャンプ村」の運営、山のガイドをしています。

――お二人に共通することは、小さい頃から身近で自然に触れ合ってきたことですね。

工藤:私は、佐伯の城山が原体験の場所で毎週のように登ったりキャンプをしたりしていました。大学から大阪で生活しましたが、将来自分が何をやりたいのかを考えたときに、自然の中で体を動かすことに重きを置きたいと思ったことと、佐伯の自然が忘れられなかったことから帰ってきました。

戸高:私も同じく、小さい頃から、宇目にある下山を眺めながら自然の中で育ちました。それから大学の「探検部」に入ったことがきっかけで本格的に登山をするようになって、ヒマラヤに23歳で初めて登りました。そこで知らない世界を体感すると、「真なるもの」が山で見つかる気がして、未知のものにもっと触れてみたいと感じましたね。今は水と緑に溢れた宇目(佐伯)の素晴らしさに気づいたというのと、ご縁もあったことで、佐伯で「うめキャンプ村」を運営しています。うめキャンプ村は佐伯の自然と人を繋ぐ場所だと考えています。

工藤:戸高さんの記憶に残っている自然体験はどういうものですか?

戸高:川が綺麗で、学校が終わってからすぐ川に行って魚を採って食べたり、今考えたら危なっかしいことをしていた記憶がありますね。親は知っていたはずですけど止められなかったんでしょうね。時代もあるかもしれないですが、当時はまだぎりぎりの冒険が許されていたんですよ。

工藤:工藤:なるほど、子どもの頃から、冒険が生活の中にあったんですね。戸高さんは体験することの大切さについてはどう思いますか?

戸高:何事も、一度経験しているかしていないかで全く違うと思います。例えば災害などに遭い、真っ暗な中で生活したことのある子どもと、していない子どもでは顕著に差が出ると思います。大人になるために超えていかなければならない体験が、実は生活の中にあると思うんですよ。学校教育でよく言われる「生きる力」と自然体験の関係について工藤さんはどう思いますか?

工藤:防災を考えたときに「自然」は切り離せないですよね。自然体験は生きるためのスキルを磨く場だと思います。学校教育の中での「防災教育」は安全第一が鉄則ですので、学校教育とは別に、自然体験を「生きる力」を育む場として捉えて欲しいですね。

戸高:そうですね。先日私は、大雨の中で水を楽しむ体験をしている子どもたちを見かけました。日常の中で当たり前じゃないことを安心安全の視点だけで「危険だ」と言って遠ざけるだけではなく、その中にある「楽しさ」を感じることが「学び」に通じると思っています。

工藤:停電になっても「今日は星がきれいに見える」とか、自然の楽しさや癒やしを感じている人もいるんですよね。自分がどんな自然に触れたら心が落ち着くのか、楽しい気分になるのか、いろいろな自然体験を通じて感じて欲しいですね。

――キャンプなどのアウトドアが人気になっていますね。今なぜアウトドアが必要だと思いますか?

戸高:注目されたのはコロナで外出の制限が出たことがきっかけですね。行くところが限られるので、人混みを避けるための必然的な行動が人気に繋がったかもしれません。しかし、それまで当たり前だったことが、コロナでできなくなってしまった中でも、自然への気持ちは変わらないと思います。自然へ気持ちが向いていることに気付くことが重要だと思います。今はコロナのときの「密を避けるキャンプ」から、自然を楽しむことを中心とした「自然の中で過ごすキャンプ」への転換が人気の秘密ではないでしょうか。

工藤:自然のなかでストレスを解消したり、道具がなくても楽しめたりすることがアウトドアの魅力だと思います。子どもたちも大人と同じようにスケジュールに縛られて生活している中で、生活のリズムから外れる機会が少なくなっていると思います。自然の中で過ごすことで、そのリズムから外れることが大事だと思います。

戸高:自然の中で、プログラムが何も決められていないことをすることが大切ですね。素朴な自然との触れ合いの場が子どもにあるといいと思います。子どもには、自然を楽しみながら、何も決められていない状態で一から土台をつくることの大切さを知って欲しいなと考えています。

工藤:東京都の高尾山山頂にあるビジターセンターでは、佐伯なら当たり前の自然体験の様子などが、都会では失われている「貴重なもの」として展示されていました。それを見て、都会の人が自然体験をきっかけに、自然が「貴重なもの」と気付くきっかけになっている印象を持ちました。いつも自然のなかにいるので逆に気付きにくい点でしたが、都会にいることで自然が人類にとって必要不可欠なものであることを再認識でき、佐伯の自然を楽しんでもらうために、都会で過ごしている人たちの視点で考えるいい機会にもなりました。

戸高:たしかに都市生活者の方が自然の大切さに気付いているかもしれません。ただ、こうした場所で自然と触れ合う機会を持てる人が限られているのも事実ですね。このあたりはまだ手垢がついていない土地なので、価値を定義づけることで東京や都会の方などに興味を持っていただけるのではないかと思います。次代のビジョンが見えるような体験を提供することも大切ですね。

――佐伯の自然の魅力はどんなところでしょう?

戸高:「世界で1番2番ではないが全てが揃っている場所」だと思います。自然とのつながりや新しい暮らし、従来の暮らしも息づいている貴重なエリアです。キャンプ場では多いときには200人以上がキャンプファイヤーに集まります。それは日常とは違うものです。キャンプを通じて新たな暮らしに出会える場所と言えますね。

工藤:キャンプ場は、自然に触れ合い、新しい生活スタイルに出会える素晴らしい場所ですよね。

戸高:そうですね。先ほども言いましたが、関西や関東の方などに興味を持っていただけるようにしたいですね。宇目には観音滝がありますけど、工藤さんにはどんな場所に映りましたか?

工藤:ひと目見て佐伯のほかの場所とは雰囲気が違う景色だなと感じました。あの自然に出会えるって素晴らしいことだと思いますし、自分の育った町では見られない景色を見せてくれる場所ですね。宇目にはまだまだ未開拓の地がたくさんありそうです。

戸高:自然という貴重な資源を、今後も守り育てていかないといけませんね。

――お互い、尊敬しているところはどんなところですか?

戸高:工藤さんは若くして地元に帰ってきて、そのこと自体がまっすぐ佐伯につながっていると感じています。フットワークが軽く、同世代とのネットワークの広がりには可能性がありますし、いろんな人から必要とされている工藤さんは、佐伯にとって欠かせない存在だと思っています。

工藤:戸高さんは自然の極限状態を突き詰めた経験と知識、そして何より8000mの山に登頂したという偉業に尊敬しかありません。佐伯で体験ガイドをしていて実感しているのですが、戸高さんのおかげで宇目のキャンプ村に人が集まり、そのおかげでたくさんの人とつながることができ嬉しく感じています。

――人と自然の間に立つ役目として、体験者の方に対して意識していることはどんなところですか?

戸高:「うめキャンプ村」は、過ごした一瞬一瞬が感動の世界になる場所です。自然の中に身を置いて過ごしていると、「自然と繋がっている」と感じられる瞬間があります。ヒマラヤで生死のはざまを体験して、今この瞬間と向き合うことが生き抜くことにつながっていることに思い至りました。自然体験を企画する上で、みなさんには自然にある一瞬の出会いと感動、つまり「Wonder」を持ってもらうことをコンセプトにしています。

工藤:登山においては、自然に向き合い、生き抜く力が求められますよね。私たちは、その場所で自然に触れてもらうために、安全性や怪我なく過ごしていただくことを大事にしています。夜の自然など、親御さんは心配しているものの、子どもたちは危ないこととそうでないことの線引きがわかっています。安全性を担保した上でどこまで体験してもらうか、あまり縛りすぎると機会を減らしてしまうので、そのあたりの線引きを探すのも、私たちの役割だと感じています。

――では最後に読者へ伝えたいメッセージをお願いします。

戸高:「世界は一瞬一瞬がWonder」です。どこにいてもそこに立ちさえすれば変わることができることが自然の醍醐味です。ここでは体を通してスイッチが入ることや自然に一歩入ると世界が変わる、という体験をして欲しいと思います。子どもたちにはそれが大事だと思いますし、世界は一瞬一瞬がWonderであることを家族と共有してほしいです。

工藤:原体験は誰しも持っているのではないかと思います。自然での体験が、その原体験を振り返るきっかけになるとうれしいです。

今回は自然に魅了されるお二人から、自然に向き合うことの大切さについて語っていただきました。今のわたしたちは、自然の中で感じることが非日常になっていますが、今回の対談を聞くと、いかに自然に目を向けていなかったのかだけでなく、日常の暮らしにも気づいていない出会いの瞬間や発見が多くあったのではないかと思い知らされます。私もより深く、豊かな人生を送るために、自然に向き合うことの大切さを感じながら、自然を体験してみたいと思います。

野外学校Feel Our Soul

住所
大分県佐伯市宇目大字南田原2513-3 うめキャンプ村
電話
0555-28-1061
担当者
戸髙 雅史
MESSAGE
私はヒマラヤの高峰に宇宙を観じ、登り続けました。転機を迎え、いま、水と緑のいのちの世界で、自然とひとの共振の場を開いています。山へ、森へ、川へ。“いま、ここ”に生まれるワンダーへ。ご一緒させていただきます。