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:2025/09/18 :2025/09/18

 九州で最も広い基礎自治体・佐伯市。豊後水道の海の幸に恵まれたまちという印象が強いが、山間部にはもう一つの宝が広がる。大分と宮崎両県にまたがる「祖母・傾・大崩ユネスコエコパーク」にある藤河内渓谷では、豊かな自然と清冽な流れに出合える。

 キャニオニングは、フランス発祥のアクティビティ。渓谷を舞台に、飛び込む、滑る、泳ぐ、登る―。子どもから大人まで、全身で自然を味わうスポーツだ。国道326号沿いの道の駅宇目から車で山道を30分。エメラルドグリーンの清流と巨大な花崗(かこう)岩が織りなす別世界が続く。長い時間をかけて磨かれた岩肌は柔らかな曲線を描き、清流と響き合いながら独特の地形を生み出している。

 そんな神秘的ですらある場所でのキャニオニングに同行してくれるのは地元ガイド、工藤克史さん。ウエットスーツに身を包み、冷たい清流に足を踏み入れると、体の奥まで一気に目が覚める。コースは第一駐車場周辺の約2キロ。滑らかな岩をよじ登り、急流を下り、時に水に飛び込む。大自然と格闘しながら戯れるひとときは、忘れかけていた冒険心を呼び覚ましてくれる。

 名物スポットのひとつ「ひょうたん淵」では、高さ約5メートルの岩から深みへジャンプ。勇気を試す瞬間だが、飛び込んだ後の爽快感は格別だ。「千枚平」「百枚平」と呼ばれる天然の水遊び場は、家族連れが喜びそう。さらに上流の「おうけつ(甌穴)谷」では、長い年月をかけて刻まれた無数の穴が連なり、自然の造形美は息をのむほど美しい。まるで人工の水路のような「おおどいこどい(大樋小樋)」で流れに身を任せれば、木漏れ日が揺れる空の下で心まで解き放たれる。

 川にはヤマメが泳ぎ、カエルやサンショウウオも顔をのぞかせる。野生そのままの環境ゆえに時にはヒルも出るので注意が必要だが、それすらも「ありのままの自然」の証し。体力を振り絞り、息を切らしながら進むうちに、挑む気持ちと癒やされる心が交互に湧き上がる。「こんな美しい水でキャニオニングができるのは、九州でもここくらいでは」と工藤さん。言葉にうなずきながら、渓谷を出るころには満ち足りた笑顔が自然とこぼれていた。

 遊び尽くした後は、すぐ近くの入浴施設「藤河内湯―とぴあ」へ。窓の外を流れる桑原川を眺めながら湯に身を沈めると、先ほどの冷たさと興奮がゆるやかに溶けていく。熱気を帯びた体を癒やすひとときが、冒険の締めくくりにふさわしい。

 藤河内の魅力は夏だけにとどまらない。春はアケボノツツジが渓谷を彩り、秋には遊歩道沿いから紅葉が楽しめる。厳冬期、上流の観音滝は時に氷結し、氷の芸術品さながらの姿を見せてくれる。1月には氷瀑ツアーもあり、四季折々の姿が訪れる人を飽きさせない。

 藤河内渓谷は自然の偉大さを示し、冒険の舞台を与えてくれた。清流に抱かれるひとときは、きっと心に残る旅の記憶になるだろう。

【メモ】藤河内渓谷ではトイレを備えた第一駐車場が活動の中心。キャニオニングは大人1人8000円からで、着替えなどを含め4時間ほどの行程になる。開催日は主催するテントテントツアーズのホームページなどで確認を。観音滝までは遊歩道と登山道を使って第一駐車場近くの登り口から1時間ほど。藤河内渓谷と道の駅宇目にはキャンプ施設がある。「藤河内湯―とぴあ」は木曜定休。